新春インタビュー(2)

■法律の中に「建設業の存続」明記
 個人の場合、買い手の立場は弱いが、公共工事の場合は発注者が強いので、受注者が公平な立場で契約を結べるようする。私は、法改正の大きな要素として地域の建設業が健全に存続し、5年後、10年後、20年後も地域に根ざして繁栄しているという状況を配慮事項でもいいから、法律のどこかに書いてほしいといってある。

発注者は、品質のいい施設ができればいい、安く仕上げればいいというだけではなく、もう一つ建設業が明日つぶれたということになっては困るので、存続についての配慮が必要だ。まともに仕事をすれば正当な利益が得られる、技術者も担保でき、若い人も入ってくるという好循環が得られるような仕事のさせ方、契約の仕方があるはずで、それをきちんと法律の中に書くべきだといってきた。

役所もいろいろと考えてきており、若い人が入職する会社は評価するといった提案をしているが、若い人が入る会社は存続できるだろう。若手の技術者を育てる会社を評価するとか、女性を活用する会社を評価する。各論からいえば会社の有り様を具体的に評価するには点数を与えるといった方法があると思うが、総論としてきちんと評価するという考えがないといけない。

法律に書いてあれば役人はやる。書いていないことをやると捕まるからしないが、社会正義実現のためにさまざまな配慮があってもいいと思う。

--当たり前のことをやっている会社が適正な利潤をあげ、社員や作業員の末端まで金が行き渡るような制度をぜひ設けていただきたい。発注者の歩切(ぶぎり)がひどい。ある地方では1割以上も切っているところもあるといわれている。しかし、発注者にものがいえないので、是正されない。最低制限価格を予定価格の95%に設定されると競争し合うことができる

■最低制限価格はないほうがいい
 最低制限価格は、おかしな制度だ。指し値で契約するならきちんと積算した設計値で行えばよい。最低制限価格は市場にはない仕組みだ。民間取引の場合、この価格以下では受注させませんということはあり得ない。いろいろな価格があって、その中から誰と契約するかは、買い手の勝手だけれど、その際に決まりごととして最低制限価格があるのは常識論としておかしい。

「予算はこれしかありません、これ以上は出せません」と払える金額には限度額がある。提示された金額が限度額を超えたとき、その差額の扱いについて交渉して互いに折り合うのが契約の原則だ。予定価格の範囲内でもっとも安い価格が最低制限価格より上ならばいいという考えは、常識からいっておかしい。

なぜ公契約だけがそうなのか。最低制限価格は市場に委ねた契約論の中で全くおかしな考えだ。予算がないから契約はできないというのならわかるが、このような制度はないほうがいい。むしろ予定価格をきちんと示し、受け手にこれならできますという答えを出してもらい、そのうえで内容を詰めて契約すればいい。

--仕事の質や中身はあまり見ない。総合評価制度でも最終的には価格競争で決まっている

 公共工事は設計図があるから、誰が施工しても同じ品質のものができると思っている。その前提があるから価格は安ければいい、悪いものができるとは考えていないという建前論があるが、それは嘘だ。例えば料理でいえば、レシピがあれば誰がつくっても同じ味になるのか、誰もが違うことはわかっている。だが、公共工事は同じものができると思い込んでいる。腕は関係ないという考えだ。

■三重苦で苦境に追い込まれた建設業
 指名競争入札は、一定の実績をもつ者しか参加させなかった。そういう縛りがあるならいいが、それを一般競争入札として実績のない者を入れて、価格が安いからお前がやれといったことが起きる。弊害を考えずに価格の安い業者と契約する。その契約方法を疑おうともしない。この国は狂ったとしか思えない。そういうことを何年も続けてきた。

最低制限価格制度は許し難い仕組みだが、そうはいっても基準価格を引き上げれば、一時的には混乱は収まる。熱は下がる、咳も止まるという効果はある。それで制度をなくせとはいわなかったが、基準価格の引き上げばかりをいっていると、問題の本質を見失ってしまう。

きちんと懸命に勉強する発注者はいい契約ができる。だめな発注者は契約もだめだ。したがって、役人に懸命に頑張ってください、というのが本来の筋だ。勉強もしないで、規則があるから誰もが同じ契約ができるということを目指すと間違いが起こる。

--制度を変えて、過度な競争、くじ引き入札をなくすことが重要だ

 生き残りをかけた競争だからそういう事態が起こる。仕事が多ければ過度な競争はしない。諸悪の根源はデフレにある。デフレの中で公共事業を減らした。しかも会計法にもとづいて安ければいいという精神で制度を運用したために、業界は三重苦に陥っている。そうして業界はきわめて厳しい状況に追い込まれた。それでも生き残った会社は立派だった。

--代替わりがうまくいった会社は生き残っている。フレキシブルになっており、ここを押せばこう反発してくるということを心得ている。現場の作業員と一緒になって仕事をしているのもこの人たちだ。ぎりぎりのところで生き残る術を身につけている。国土強靭(きょうじん)化計画に関連して中長期的な事業量、ビジョンついてうかがいたい

■「国土の計画論」その一つが強靭化

 個人的な考えだが、現在の日本で必要なのは計画論だ。国や都道府県に目指すべき計画論があって、その要素の一つとして、日本はもともと災害が多いので、災害に対して十分な備えがあるかどうかというのが国土の強靭化だ。しかし、災害への備えがすべてではない。

地域にはそれぞれ独自の経済活動、社会活動があり、どういう活動を行うのか、それに応じてインフラ計画が出てくる。インフラは下部計画、その上部は経済活動、社会活動、市民生活になるが、上部でどのようなものをイメージし、それに対応したインフラを整備するという構図だ。ただ道路がほしいというだけでは、インフラをつくりたがっているだけと社会から足元をすくわれかねない。

それを直すには、もう一度地域の有り様を見直す必要があるわけで、地域の有り様は、それぞれの地域で考えるしかない。それで真剣に考えてほしいと要請している。たぶん市町村長を中心に、自分たちの地域の将来図についての議論がされると思っている。

デフレの時代に民主党がいかに無駄をなくすかということで事業仕分けをしたが、それでは国の姿はよくならない。10年後、20年後にこうしたいという、皆が共有できる計画がつくられて、はじめて適切なインフラ整備が進む。

さまざまな価値観があって地域の目指すべき方向をまとめるのは難しい作業だと思うが、その際、抽象的に安全な国、立派な国といっても意味がない。それでは具体的な計画を詰める段階に移ると必ず行き詰る。

地域計画の前に全国的に必要なことは何かという全国計画が必要だが、そのうえで、こうしたいという思いが地域の中になければ、強靭化計画は先に進まない。

--どういう計画にするのか

 何のアイデアも出ない地域は放っておけばいい。しっかりした計画をもつ地域は、中央から予算を引き出し、整備を進める。それで地域に差がついても仕方がない。計画をもって地域づくりを進めようとする首長の自治体は成長し、政争に明け暮れるところは廃(すた)れても仕方がないと割り切らないといけないのかもしれない。理想論だが、計画をもった地域が伸びていけばいい。

--安全安心なまちづくりへ向けて、首都直下型地震、東南海地震などへの対応が急務とされている

 強靭化は、国土を強く、しなやかな、したたかな国にするということだ。過密地域は災害に弱い、過疎地域はそれよりましだが、地域はきちんと発展しているほうがいいということで、一極集中を正していくのが強靭化計画の一つのテーマだ。どういうまちをつくるのか、そのうえでの安全安心の確保だ。人が住まないところにインフラは必要ない。強靭化というのは、国民がどういう暮らしをしたいのか、地域の有り様を示す計画だと思っている。

■建設業の枠を広げて市町村の手伝いを

--全中建の活動をどのように見ているか

 特色のある活動を進めている。これからも組織を大事にして頑張ってもらいたい。建設業は地域になくてはならない産業だ。その代表として地域の声を代弁して、実情はこうだと情報を発信してほしい。

--地域に根ざした建設業を目指して災害時などに対応しているが、なかなか社会から理解されない。中小業者ゆえに組織が弱体だが、全中建が力をつけ、指導力をもって情報発信していけば、会員が増えて、さまざまな活動ができると思っている

 仕事に波があって安定した経営の維持は難しいと思うが、かたや市町村レベルの行政も人がいなくなって、行政も弱くなる方向にあり、これに歯止めをかけないといけない。十分な行政サービスができずに、外注が多くなる。そのときに建設業が仕事の枠を広げて、市町村の手伝いができることがあるのではないか。市町村の助けになる活動がたくさんある。

そうして市町村の人と親しくなって、地域を支えていく。建設業は半ば公的組織のようなもので、医者や教育とともに地域になくてはならない存在だ。それが行政と結びついて、行政が困ったときに助ける。行政と一体となって公的サービスを担い、地域を支える仕かけを考えることも必要ではないか。

--ありがとうございました