国土技術研究センター理事長大石久和氏が記念講演

国土と公共事業――世界の常識は日本の非常識

国土技術研究センターの大石久和理事長が3月8日に開催された全中建評議員会で「国土と公共事業・・世界の常識は日本の非常識」をテーマに行った記念講演の要旨は次のとおり。


先日の予算委員会で民主党の海江田代表は、公共事業予算が増えたことについて「先祖返り」と語った。しかし、世界の動きは先祖返りどころか公共事業をどんどん増やしている。わが国だけが減らしていることを理解しての発言だったのか。

「失われた20年」といわれるが、私は「政策が間違ったために失った20年」と思っている。それがアベノミクスの3本の矢によって回復への動きが始まった。株高、円安が進み、輸出産業が一息ついた。キャピタルゲインはまだ確定していないが、株式の時価も100兆円程度アップしているのではないか。経済へのプラス効果は大きい。平成25年度当初予算の公共事業費が増大しているといわれるが、実質は増えていない。交付金で積み上げていた金額を公共事業費として計上しているので、全体としては増えているわけではない。補正予算は間違いなく増えている。次の概算要求時にさらに積み増しができる状況をつくれるのかどうか、ここが勝負どころだと思う。

各国首脳はストック効果を最重視

世界の常識は日本の非常識という実態を示したい。各国首脳のインフラ整備に関する発言を見ると、公共事業を増やすかどうかではなく、公共事業の結果、高速道路がつながったか、堤防が上流から下流までつながったかどうかに意味があるといっている。つまりストックの効果について語っていることに注目してほしい。ところが、日本では海江田さんも経済評論家も、公共事業は一時的な効果しかないと、フローで見て、フローで批判している。オバマ大統領は4年前の就任演説の中で、「一番大切なのは道路や橋をつくること」と語った。その次にグリーンニューディール政策に触れている。だが、一番先に道路や橋をつくると語った、この発言は、日本では一切報道されなかった。2011年の一般教書の中でも、「新しいビジネスを創設して雇用を確保しなければならない。そのためには高速道路をつくって、人と情報の伝達を実現する最速かつ信頼性の高い手段を確立する必要がある。おまけに道路や橋が壊れており、修復しないといけない。そのために多くの建設労働者に仕事を与える」と約束している。

さらにことし1月には、インフラが刷新されれば米国の雇用はさらに改善されると語った。この発言はアベノミクスが動き出したせいか、日経だけが報道した。

英国のキャメロン首相は昨年3月、「インフラは国のビジネスの競争力に影響し、またビジネスを成功に導く見えない糸である。社会資本が二流になればわれわれの国も二流になる」と語った。イタリアの首相も、インフラへの投資を怠るとイタリアは競争力を失い、生き残れないと述べている。各国首脳は自国の競争力と雇用確保の観点からインフラ整備の方針を明らかにしているのである。

ところが、野田前首相は公共事業を3割削減するなど前政権ができなかったことを達成したと公共事業の抑制を成果にあげている。本当に成果といえるのか。バブル経済の崩壊でわが国は1300兆円もの国富を土地と株で失った。それでも、米国の恐慌時のようにGDPが3分の1、2分の1になることも、労働者の給料が半分になることもなかった。ゼロ成長、マイナス成長の時期はあったが、中小企業への融資、公共事業など政策の下支えがあってGDPが半分になることはなかった。このことは公共事業の実施を含めて政府がきちんと機能していたことを示している。

「日本は借金だけが増えた」とも述べているが、とんでもない間違いだ。国の借金ではない。正しくは政府の借金だが、増えているのは赤字特例国債で、建設国債は公共事業を抑制していたので増えていない。高齢化が進んで福祉や生活保護費に金がかかるためだが、借金が増えた原因を公共事業に押し付けている。

政府の予算執行には何がしかのばらまきの要素がある。例えば、農家への戸別補償、子ども手当ての支給はばらまきではないのか。公共事業が子ども手当てよりばらまき度が高いというのなら、それを立証すべきである。道路や橋などは、われわれも使うが、子どもや孫の世代も利用する。将来世代がより安全に効率的に快適に暮らせる環境づくりを進めているわけで、公共事業の削減は、その環境づくりを3割もペースダウンさせ、内需を3割も削減してデフレスパイルを放置したということで、自慢できる話ではない。国民は財政のために暮らしているわけではない。国民の生活が豊かになり、経済がよくなるために財政がある。財政の支出を抑えたから国民の生活が豊かになるというものではない。

日本の社会資本が欧米に比べ遜色(そんしょく)がないレベルに整備されているのであれば公共事業の削減も納得する。しかし例えば、道路を利用して1時間以内に移動できる範囲は東京、名古屋、大阪が4000平方キロなのに対して、ロンドンなど欧米では9~1万平方キロのところまでいける。高速道路の走行速度、制限速度を見ても日本の整備水準は欧米に比べ低い。日本は、この高速道路を使って商売をしている。これで本当に外国と競争できるのか。

インフラに守られている意識が薄い

日本のインフラ軽視はどこから生じているのか。歴史書には、710年に元明天皇が藤原京から平城京へ遷都し、中国の長安のように碁盤の目の街づくりを行ったと書いてあるが、長安は城壁に囲まれており、平城京に城壁はないという最も大切な部分が抜けている。ここに如実に表れている。虐殺の経験を持つ中国や欧州の都市は、外敵を防ぐため城壁を持つ。城壁は都市の概念の中に含まれ、城壁というインフラがないと外敵から自分たちの命が守れない、道路や下水道などのインフラがなければ経済の発展が図れないということを骨身にしみて理解しているのである。日本はそうした経験がないため、インフラに守られているという認識が薄く、それでインフラを軽視する傾向が強いのである。

日本はデフレに対する認識が不十分だった。グリーンスパンが、日本はデフレに入ったと語ったのは1995年だが、実際に物価が下がり始めたのは1998年である。デフレ時には借金が重くなり、売上単価の下落以上のコスト削減をしないと経営が維持できないので、企業は人員削減や給与カットに手をつけざるを得なくなる。インフレはこれと逆になる。物価が上昇して借金が軽くなる。そのためにデフレからの脱却が必要なのである。GDPが増えないと税収が伸びない。GDPを増やすには、消費の増加、住宅・工場の建設、公共事業、経常収支の黒字化が必要である。

しかし、日本は公共事業を下げ続けてきた。先進国でこの間、公共事業を削減してきた国はない。英国は3倍、米国は2倍、ドイツは1.6倍に増やしている。一本調子で公共事業を下げてきたのは日本だけだ。

その結果、日本のGDPに対する公共事業の比率は、欧米並みの水準まで落ち込んでいる。しかし、マスコミは、日本の比率は欧米に比べまだ高いといっている。欧米の対GDP比率は変わっていないが、GDPが伸びているので、金額的には公共事業費が増えているのである。日本はGDPが増えていないので、金額的に公共事業資が減少している。マスコミはGDPの伸びを無視して、対GDP比率だけを取り上げて公共事業を批判している。

米国はイラクやアフガンに派兵しているためにGDPが伸び、税収が増えているのに財政が厳しい。GDPが伸びない日本は、いかに節約しても財政状況は改善しない。民主党政権時に国交省所管の国道の草刈りは全国的に年1回にするという指示がでた。当然、草は伸び放題になって批判を浴びたが、そんなことで財政は改善しない。

家計の場合なら夫の小遣いを減らせば、その分だけ生活費に余裕が生まれる。しかし、国の財政はそのようにはいかない。国が草刈りを減らせば、草刈り業者が仕事を失い、それで従業員を解雇する、機械メーカーも、メーカーに部品を納入する材料業者も連鎖的に収入減となる。しかも、そのいずれの段階でも税収減になる。公共事業も同じで、国全体が「系」になって動いているので、ただ節約すればよいというものではない。

国の借金は1000兆円といわれるが、これは国の借金なのか。政府の借金と捉えるのが正しい。政府の借金となれば債権者は誰かということになる。債権者は国民である。このことは1人当たり800万円の借金ではなく、1人の国民が800万円の債権を政府に対して持っていること意味する。

建設国債を発行して建設した道路や橋、港湾などの施設は財産として残る。国債は将来世代へのつけ回しになるのか。野口悠紀雄氏は、国債を償還する時点で財政に負担が生じるが、償還額は購入者が持つ。このため、将来、国債の償還時点でも国全体では利用する資源が減らないとして、国債の負担が後世代に残ることはないと語っている。

増税した場合、納税者は納めた金額だけのお金を子どもに渡せない。子どもは親から受け取るお金が増税分だけ減るわけだから、つけ回しになる。これに対して国債の場合は、子ども世代がその国債を国に出せば、現金を手にすることができるので、つけ回しにはならない。デフレに対する日銀の対応も適切さを欠いた。リーマンショックの後、米国はドルの供給量を2.5倍、EUもユーロの供給量を1.7倍程度増やし、市場に供給した。ところが、日銀は何もしなかった。その理由について日銀は、GDPに対する通貨の供給量がすでに多すぎることを指摘した。そのために円高を招いた。急激な高齢化による社会保障費の急増にもかかわらず、デフレのもとで経済の成長が止まり、その結果、税収が伸びない。公共事業を削減したことが税収の減少につながったという正しい認識にもとづいて今後の政策を進めないといけない。

インフラの持つ効果を見ない日本のマスコミ

こうした状況のもとで、日本のメディアは正しく機能してきたのか。筑波大の岩崎美紀子先生は、報道記事の源は事実か、何割が事実で、何が状況解説か、どこまでが推測で心証かを考えるのが知的訓練の第一歩であり、それに気づくと、記事の内容をそのまま受け取ることは恐ろしいことと語っている。全くそのとおりだ。日本のマスコミは、厚生労働省の局長の事件まで東京地検特捜部を批判することはなかった。特捜がリークするものだから、批判すると特捜から情報が入らなくなるので記事にできない。日銀も同じことをやっている。それが諸悪の根源になっている。

新聞協会は消費税の引き上げにあたって声明を出した。「民主主義の主役は国民だ。その国民が判断を下すには情報を手軽に入手する環境が必要である。だから新聞の購読料は高くしてはならないので、消費税を軽減してほしい」というわけである。この主張は正しいと思う。しかし、インフラに対する各国首脳の発言、先進国の公共事業への取り組みなどは取り上げようとしない。インフラの持つ効果を見なくていいのか。公共事業に対してマスコミは正しい認識を持っているのか。政治、経済に対してさまざまな分野の情報が偏りなく、正しいタイミングで伝えられているのか。それがなければ、新聞協会の声明に同意できない。

マスコミは新産業の育成を通じて雇用を確保し、給料のアップを図ることが大切と主張するが、そんな産業はあるのか。まず、公共事業を増やし、道路をつなげることが何よりも大切なのである。公共事業にはフロー効果だけでなく、ストックとして大きな意味がある。財政出動としての公共事業が必要であるということを、自信を持って訴えていってほしい。