「公共事業が日本を救う」

藤井聡京都大教授が講演

6月8日の全中建平成23年度定時総会後、同所で、藤井聡京都大教授が「公共事業が日本を救う」と題して講演を行った。講演の要旨は次のとおり。

好むと好まざるにかかわらず、日本は民主主義国家である。民主主義とは、国民主義のことである。

国民主義ということでいえば、高度成長期、いわゆる利権政治といわれる時期には、意外と適正に機能していた。田中政治は農民票とか建設票とかいろいろな票を持っていた。それは例えば、建設票は都会だけでなく地方部にもあるので、日本全体を動員できる体制だった。農民も建設業も一生懸命に働いている人たちであり、その人たちの声が政治体制を通じて国会に届いていた。それに基づいて新幹線、高速道路、ダムなどをつくってきた。だから、自民党時代の政治体制は―談合体質かどうかと問題はあっても―うまく機能していた。

現在、建設業は官製不況下にある。政府が公共事業を抑えているために不況になっているからである。

建設業の従事者は現在8%ぐらいで、かなり減少した。この中にはJRや東電の技術者、建設機械をつくる人は含まれない。その人たちを含めれば十数%になる。さらに関連産業を入れれば3~4割の人たちが建設産業にかかわっている。3~4割の人たちの声を取り上げるのは民主主義である。当たり前のことだ。

日本の文化なのかもしれないが、日本人は当たり前の権利を主張するのは恥ずかしいこととして黙ってしまう。建設業も思い当たることがあってか黙ってきた。黙ってきたことにつけ込まれ、批判を受けてきた。

建設業がつぶれることは日本が沈没することを意味する。今回のような大災害の時、建設業がなければ誰が復旧・復興の事業を行うのか。有事のときに建設業がなければ日本はつぶれてしまう。

建設業がつぶれるのを食い止めるには1票を有効に使うこと、しゃべることをしないといけない。しゃべって有権者を説得することが大切である。建設業はその必要性を理解してほしい。そうしなければ邪心を持った人は排除できない。

日本の公共事業は、諸外国に比べ異様だと批判されている。土木はいらないと抑制され、その裏では建設会社がつぶれ、仕事を失った人びとが多く発生した。

日本の公共サービス水準は高く、道路はつくらなくてもよいという意見がある。その裏付けのデータとして可住面積当たりの高速道路延長とか全道路延長の数値が示される。このデータを採れば、欧米に比べ日本の数値は高くなるのは当然である。欧米は可住面積が広く、日本の可住面積は国土の2~3割しかなく、狭い。分母の数字が小さいわけだから、道路延長比率が長くなり、整備が進んでいるように見える。

道路の整備状況を見るなら、自動車の保有台数当たりの道路延長で比較するのが適切だ。このデータで比較すると日本の道路は貧弱であることが分かる。6車線の道路も日本は8%しかなく、量的にも質的にも諸外国に比べ劣っているのが一目瞭然である。

それにもかかわらず、可住面積当たりの道路延長の数値などのデータを持ち出して、道路整備を凍結した。公共事業は必要がないとして「コンクリートから人へ」という時代になり、新幹線や高速道路などがつぶされた。

公共事業は必要がないというのは嘘だ。今、日本にとって重要なことは大震災の復旧・復興、首都直下型地震や東海・東南海・南海地震への対応である。

過去2000年の間に東日本の太平洋側でM8以上の地震が発生すると、首都圏では10年以内に、西日本では18年以内に大地震が連動して起こっている。

首都圏や西日本で大地震が発生すれば、その被害は今回の東日本大震災の比ではない。この地域は大きな都市が多いこと、人口が多いこと、GDPの集積が高いことが、被害を大きくする。

地震等による致命傷を回避し、被害の最小化、早期回復を図るためにはインフラ対策が必要なのである。

東日本大震災では、内陸部に高速道路があったから、早期救援が可能であったように、今後はシステムの二重化、三重化を図るとともに、GDPの地方分散化、国土構造の地方分散化を進めないといけない。

首都直下型地震が発生すると約112兆円、東海・東南海地震では約80兆円の被害が想定されている。例えば100兆円を使って対策を講じ、200兆円の被害を防げば、その分だけ安上がりになるということである。

こうしたインフラ対策という重要な事業を促進するには、実態を熟知している建設業界の人がインフラ対策の必要性を理解すること、それが第一歩だ。国民の世論が政治を決めるので、そのうえでインフラ整備の必要性を国民に伝えることが大切である。