みやぎ中小建設業協会 代表理事 畑中 孝治

未来に誇れる復興をめざす

この度の3月11日の東日本大震災において、早速、全国中小建設業協会の会員の皆様より、こころ温まる義援金をお寄せいただき誠にありがとうございます。

未曾有の大震災、忌まわしい暗くて長く寒い夜から、三カ月になろうとしています。季節とともに、春もすぎ新緑から濃い緑に移り、大きな自然の恵みを実感しております。

あの日の大地震直後の大津波に驚愕、おののいたのも大自然の力でした。

職場の掛け時計、神棚のお社が落ち、書棚の書類が散乱し、直後に停電となり通信網は途絶え、ラジオが唯一の情報源でした。

交通機関は全て途絶え、県内はもとより近郊の情報も分からぬ状況で、ライフラインもことごとく寸断されましたが、徐々に回復し、都市ガスは半月以上かかりました。また建築物のマンション等は低層部で損傷が大きく、大ホールや体育館、大型スーパー等は天井落下や壁面剥落やガラス破損等の被害が大きく、いまだ復旧が遅れ、開館開店もできずにいるところもある状況です。

しばらく協会会員各社との安否確認がとれず、案じておりましたが、携帯電話での交信が徐々に回復し、通電後は一般電話、FAX、メール等は津波被災地以外は復旧しましたが、緊急連絡リストには2名以上複数記載が必要であったことを痛切に感じました。

震災後、即刻に三役会や理事会の招請情報収集、ならびに官公庁との対応に当たりました。緊急臨時総会では、支援要請の対応のため再組織と配置確認、職種別協力業者体制検討、他支部間との連携確認を協議、検討をいたしました。

すでに会員各社は市町村関連から災害支援要請を受け、がれき撤去・運搬や公道の舗装路面の段差の緊急復旧や補強等支援活動を展開してきましたが、所轄の県をはじめ大半の市町村のがれき撤去は、全建支部会員のみに依頼され、当協会員等には県との防災協定未締結ということからか、支援要請がいまだないということは大変残念でなりません。

みやぎ中小建設業協会を設立し、我々協会が地域に支援、貢献できることはないか、会員と協議し、宮城県、仙台市および関係機関とも協議してきましたが、仙台市はできるだけ、他団体が活動していない分野を支援してほしいとのことでした。各自治体において災害が発生した時に一番困窮するのが住宅です。その時に避難所、仮設住宅に入居するのでなく、可能な限り自宅を応急修理して住めるようにするとの趣旨に基づき、仙台市と昨年の10月より協議を重ねてきた防災協定を震災後の23年4月1日付で締結しました。宮城県とは我々の会員増強や市町村での活動実績などを踏まえて、今後協議させていただきたいと考えております。

震災直後より支部会員は応急危険度判定員を派遣し、調査支援活動や災害救助法に基づく「住宅応急修理」の支援対応、仙台市営住宅の応急修理修繕の要請を受け、支援活動中であります。

会員各社の安否、災害情報には時間がかかりました。会員1社が社員1名の死亡、津波で社屋全壊が1社と痛ましい限りですが、全体としては重機・車両の流失が30台程度と比較的軽微だったのは、発足間もない当協会は沿岸部の会員が少なかった結果でした。

地域貢献は今まで地域の方々に育てられてきた地元建設業者の使命であります。復旧復興にあたっては培った技能技術を遺憾なく発揮し、安全・安心、住みよい都市づくりに協会一丸となり支援協力する所存であります。

復興事業にはかなりの年数を要し、長期にわたるものと思います。この度の震災を教訓に今後の都市整備計画を多少時間がかかっても、英知を結集して「想定外」という言葉を使うことのないよう、防災に徹し、未来に誇れるとともに、数百年先にも先人は偉大であったと評価を得られるものを築いて欲しいものと思っています。

全国中小建設業協会の宮崎友次専務には、震災後なん度となく、中央省庁の通達等をいただき、また青森県、岩手県の被災状況等の情報をいただき、ありがとうございます。

会員一同支援活動に際して、大変助かりました。改めて感謝致し、お礼申しあげます。